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札幌地方裁判所 昭和51年(ワ)180号 判決 1977年11月15日

原告

甲野大郎

右訴訟代理人

川村俊紀

被告

右代表者法務大臣

瀬戸山三男

右指定代理人

末永進

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一原告が、昭和四九年五月一四日の時点(厳密には花子による払戻しの時点)において、その主張のような定額郵便貯金債権を有していたこと、および、訴外花子が、右同日、琴似新川郵便局において、甲、乙両証書に基づき、原告主張の定額郵便貯金全額の払戻しを受けたことは、いずれも当事者間に争いがないので、被告による右払渡しが、原告に対する有効な弁済といえるか否かについて審及する。

二<証拠>によれば、次の事実が認められる。すなわち、

原告は昭和四〇年六月三日、訴外山下友子と再婚していたが、同四八年六月一九日、同女と協議離婚し、同年一二月中旬頃から訴外丙川花子(以下、花子という)と同棲し、同月二七日、同女との婚姻の届出を了していたものであるが、その頃には運転手として稼働し、銀行等に対する預金も数百万円に達していた。ところで、原告は花子の前妻である山下友子と離婚する以前である同四七、八年頃、右友子が、原告の北海道相互銀行に対する預金のうち金一二〇万円を勝手におろして持ち逃げされたことがあり、銀行預金にしておくと、銀行における窓口が大きく、又、預金係が交替するため、再び右同様の事態が生起するのではないかと考え、右銀行預金を郵便貯金にしておくことを思い立つた。そこで、原告は、昭和四二年頃から同四六年頃まで、琴似新川郵便局へ通常貯金の預入、払戻等のため来局していたので、同四八年六月一五日、同局(当時以降、吉田局長ほか五名の職員が配置)を訪れて、金一〇〇万円について定額郵便貯金(六か月満期)を、ついで、同年七月二日、同局において、原告が主張する合計金二一〇万円の定額郵便貯金(甲、乙証書)をなし、さらに、同年一二月一七日には、右各貯金証書を持参のうえ、これらを特別定期郵便貯金にしてほしいといつて来局するに至つていた。原告は、右六月一五日には、一人で来局し、同局山本事務官から、証書とタオルセツトを受取り同局々長らと特別の話し合いをすることもないまま帰宅した、ついで、原告は、同年七月二日にも、一人で来局し、金二一〇万円の高額の預入ということで、同局事務室内に招じ入れられ、同局長と話しを交しているが、その際、同局長に対し、証書と実印がないと金を払わないでほしいとか、変なやつに払わないでほしい旨述べ、右局長もこれを了としたことがあるが、これ以外に、原告が銀行預金を持逃げされた等の詳細について話すこともなかつた。又、原告は、同年一二月一七日には、女性(花子)を伴つて同局を訪れているのであるが、右山本事務官は、原告が昭和四七年頃、同年度の特別弔慰金国庫債券の利子を受領した際原告が一人で生活していると述べていたのを思い出し、右同伴の女性が原告の妻であると感じとつていた。そして、右山本は、原告の前記証書三枚を特別定期預金への切り替えの申出に対しては、必ずしも得策でないと告げて甲、乙証書を原告に返したが、同年六月一五日の金一〇〇万円の証書については、これを払戻したうえ、特別定期預金としての証書(丙)を作成し、かつこの間の利息をそえて原告に交付したが、この間、右花子は原告の傍に並んで立つていたばかりか、これらのための書類の作成にも関与した。花子は、昭和四九年五月一四日午前九時三〇分頃、右甲、乙両証書、および、丙証書の三枚の証書を持参し、右山本に対し、その全額の払戻しを求めたが、同人は、右花子を同四八年一二月一七日原告と一緒に来局した女性であると認めた。そこで、右山本は、甲、乙証書については、その据え置き期間が満了していたのでその払戻しに応じたが、丙証書については右満了がないから払戻できないといつて返却し、甲、乙証書における改ざんの有無を確認のうえ、同受領証書欄に、貯金者である原告の氏名を書き、その印鑑を押捺するよう求めたところ、同女はこの求めに応じて記名・捺印をした。ついで、右山本は、右各欄の氏名の符合することを確かめたほか、受領証に押捺された印影と、預入の際押捺した印鑑欄の印影を対照してその一致することを確認し、払戻し金額欄に各元利合計金額を書いて払渡日付印を押した。この際、右山本は、同女が原告の妻であると感じたもののなおその旨の確証がなかつたので、同女に対し、証明書の提示を求めたところ、その提出した健康保険証には、原告の妻花子という記載があり、なお、念のため、甲、乙証書の裏面備考欄に、甲野花子と記載させた。原告は、右同日午後四時三〇分頃、甲、乙証書が花子に持ち出されたことを知つたので、直ちに琴似新川郵便局を訪れ、同局職員に誰かが貯金をおろしに来なかつたかと話したところ、同職員から、払戻しを求めた女性が、原告の妻の花子であると確認できたので払渡したとの返答があり、原告は、丙証書の未払いであることを知り、これについては、絶対に払渡されることがないようにと手配を依頼して帰宅し、その後、郵政監察局へ行つて、妻による貯金の無断持ち逃げの旨の届出をなした。右山本事務官と同局の中川主任は、右同日夜、原告方を訪ね、花子の人相、服装などを聞いて書類を作成した際、原告から、原告が以前においても、前妻の友子により銀行預金をおろして持逃げされたことがあると聞知した。ところで、定額郵便貯金の預入は、利用者と郵便局間で、郵便貯金法に関する契約を締結することであるが、右は、郵便貯金法および同法に基づく省令により規律されるものとされ、利用者との個々的契約を締結することはできず、例えば、預入者のみに支払うとの申し入れがあつた場合には、契約の締結が拒否されることとなるとされ、又、とくに、第三者による不正な払渡しを阻止するためには証書保管の制度があるが、この点については、原告からの要求も、局側からの指示もなかつた。又、定額郵便貯金の払戻しについては、郵便貯金法第五五条第一項により定額貯金証書と引換えに行うこと、郵便貯金規則第八六条により、貯金証書の受領証欄に押捺された印鑑を対照し、その符合することが確認されれば支払つてよいとされ、疑わしい場合には、郵便貯金取扱規程によりチエツクすることとなる(なお、貯金証書の盗難等の場合には、郵政監察局において全郵便局に周知させ、担当者において十分な注意が払われることとなる。)。そして、右の疑わしい場合とは、担当者の知つている貯金者の証書等をその知らない者が持参した場合、請求者が改印届のうえその場で、ないし、年少者が、高額の貯金の払戻請求をする場合、住所・氏名の誤記がある場合、改印届と住所変更の届出をすると同時に通帳の再交付を求めた場合などをさし、このようなときには、請求者に質問をすることとされ、この履践につき、郵便局の一般職員に対し十分な指導等がなされて来ていた。なお、男性名義の貯金証書を女性が持参して払戻しを求める場合は、団地等の郵便局では全体の約九割にも達しているもので(琴似新川郵便局もこれに近い)、その際、印鑑の照合のほか、面識のある場合を除いて質問、証明書提出の方法により、その身分関係を確認するが、本人に対する確認、委任状の提出については煩瑣等のため行われないのが普通であること(なお、郵便貯金取扱規程第六条)。

以上の事実が認められる、<る>。

三よつて、以上の事実関係に基づいて検討をすすめる。

まず、被告は、琴似新川郵便局における甲、乙証書についての払戻しは、原告の使者である花子に対してなされたものであると主張するけれども、右現実の払戻しの手続において、同女が、原告名義の証書、および、その印鑑を各持参しているのは前示のとおりであつて、弁論の全趣旨によれば、右払戻しは、原告と妻花子の婚姻関係が破綻している際、原告の意思に反する貯金の払戻し、その金員の持逃げという形態でなされ、従つて、原告の意思がその決定に関与していないことは明らかであつて、さらに、その金額が高額であつて、夫婦の日常共同生活の源資としての意義を肯定することもできないから、花子が右払戻金の受領について何らかの権限を有していたものと認めることもできず、その他これについて権限を付与されていたと認めるに足る証左もないから、右山本事務官の花子に対する右定額貯金払渡しは、原告の使者、あるいは又、原告に対してなされたものとすることができない。

そこで、右山本事務官による花子に対する右払戻しが、郵便貯金法第二六条による有効な払戻しということができるか否かについて判断するに、郵便局職員としては、郵便貯金法第五五条第一項、および、同法に基づく昭和四九年一二月二八日省令第二六号による改正前の規則第八五条第一項、第八六条の規定に従い、払戻請求者に対し、右法条等の定める手続を履践した払戻しを行いこれについて過失がない場合には、右法第二六条による有効な払戻しがなされたと解するのが相当である。従つて、払戻請求者と貯金証書の名義人が異る場合にあつては、右請求者と名義人との身分関係、払戻郵便局職員の右請求者に対する面識の程度等により、証書と引換えにする払戻し、貯金者の印鑑等の照合をするほか、さらに進んで証明資料の提出を求めることにより、請求者の受領権限の存在を確認するなど段階的に適切な措置をとるべきであるが、婚姻関係にある夫婦の社会生活上の一単位としての特殊性、ないし、郵便貯金の預入・払戻しにおける量的処理、ないし、請求者ひいては貯金者への信頼による円滑な運営の必要性に即してみれば、払戻請求者につき、貯金証書の名義人の妻であると推測させる一応の資料が存するときには、特段の事情がない限り、その夫婦関係が破綻しているか否か、さらには、右名義人について払戻意思を有するか否かの確認をすることまで要しないと考えられるところ、前示の事実関係に従えば、同局山本事務官は、甲、乙証書による払戻しにつき、右法条の定める手続をすべて適切に履践しているとみられるところであり、しかも、花と原告との一定の身分関係を推認していたにもかかわらず、なお健康保険証による証明を求め、その妻であるとの記載に基づく確認さえしているところであつて、原告の妻花子に対する本件貯金債権の払戻しについて、右郵便局職員、従つて、被告国に過失があつたと認めることはできないから、右払戻しは、郵便貯金法第二六条による有効な払戻しというべきである。もつとも、原告は、被告の右郵便局々長ないし山本事務官に対し、原告以外の者による右貯金の払戻請求には絶対応じないよう求めていたから、右払戻しにつき被告に過失があると弁疎するけれども、これに符合する<証拠>が採用できないのは前示のとおりであり、原告が右郵便局事務室に招じ入れられ、又、マル優のための措置として甲・乙証書二通が作成されるなど、右局職員おいて、高額預金者たる原告に対し、若干の便宜を計つたとの事跡は窺えるけれども、このことから、右定額貯金の払戻しについて原告を唯一払戻請求者とする旨の確かな了解があつたものとすることができず、原告が、同四八年七月頃、同局職員らに述べた事実は、前妻の山下友子との離婚届出直後のことでもあり、右貯金払戻請求者に異常性が肯認せられる場合、つまり、盗難ないし正当手続を履践しないでする右貯金の払戻しの拒否を求め、右職員らの一般的注意を喚起したにとどまるとみられ、その際、それ以上の厳格な手続を踏むことを郵便貯金契約の内容としたとしても、これにつき貯金契約としての効力を肯定できないのみならず、仮に、原告の同昭和四八年七月までの発言内容を、その主観に従い、原告以外の者による払戻手続を拒否する趣旨と解するとしても、同年一二月以降にあつては、原告と花子との間に新たな信頼を基礎とすべき婚姻関係が設定されたことにより、その事情は著しい変更をみているのであるから、同局職員において、同四九年五月の払戻しに際し、花子を原告の妻と確認したほか、さらに、原告に対し、電話をするか、ないし、その委任状の提出を求めるなどして、原告の右払戻し意思を確認することがなかつたとしても(この点は当事者間に争いがない)、前判示のとおり、これを有効な貯金の払戻しと解する妨げとみることはできない。

四してみると、原告の被告に対する定額郵便貯金債権の存在を前提とする本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(稲垣喬)

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